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福島地方裁判所平支部 昭和40年(ワ)239号 判決

主文

被告は

原告房雄に対して金五六万円を、

原告守、同孝及び同みき子に対して各金四〇万円宛を

原告美代子に対して金一〇万円を

これらに対する昭和四〇年一二月一五日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を附して各支払え。

原告等のその余の各請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は三分してその二を被告の負担とし、その一を原告等の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

(一)  原告等

被告は

原告房雄に対して金一、〇九四、二九一円を

原告守、同孝及び同みき子に対して各金七二一、四三二円を

原告美代子に対して金二〇〇、〇〇〇円を

昭和四〇年一二月一五日から支払ずみまで各年五分の割合による金員を附して支払え

訴訟費用は被告の負担とする。

仮執行の宣言。

(二)  被告

請求棄却。

二  請求原因

(一)  原告房雄は訴外鈴木信子(大正一五年七月一七日生)と昭和二〇年六月一三日婚姻届出を為し爾来二〇年間同棲して夫婦は極めて健康で円満な家庭で田畑八反五畝の自作農を営み農業生産高は諸税を差引き年間二一九、四二七円であり、更に農閑期には建設工事場の人夫又は農業手間により年収一七三、六一三円を得て居り、更に妻信子は夫と共に建設現場の人夫として月平均一四、四六〇円の収入を得て夫婦と長男守(昭和二三年六月九日生)と二男孝(同二五年五月八日生)と長女みき子(同二九年七月二日生)の三児と原告房雄の妹美代子(昭和一二年一月九日生)の六人家族の生活を続けて来た。

(二)  而して、長男守は幼少にして小児麻痺を患い手足が不自由で歩行困難であり一切を母信子の世話になり、又妹美代子は脊髄、両股関節カリエス后遺症の為め是亦歩行困難、労働不能の身体障害者として義姉なる信子を唯一の頼りとしていたものである。

(三)  然るに訴外信子は昭和三九年一二月一日午前六時三〇分頃稼働先の双葉郡双葉町所在田中建設株式会社の工事現場に赴く為め例日の如く自転車にて双葉町新山字下条一一七番地先の国道六号線十字路に差かかり横断中、同国道を浪江町方面より平市方面に向けて疾走して来た第二種原動機付自転車(一二五CC)に衝突されてコンクリート舗装の道路に自転車諸共転倒し頭蓋底骨折脳内出血を起し附近半谷病院に於て応急手当を受け更に内郷市共立病院に入院手当を加えたが翌二日午后一〇時頃意識不明のまゝ死亡するに至つた。

(四)  此の被告のオートバイは后部荷台に多くの箱を積載し被告金蔵が乗車運転していたもので、事故現場は国道工事完成間もなく、しかも見透しのよいコンクリート舗装直線路(幅員一〇米)であつて、被害者が自転車の横断中を認め乍ら減速せず、相当なスピードの儘漫然運転した為め更に急速ハンドルを被害者の方向に対して切つた為め道路中央線を超えて被害者に衝突跳ねとばしたものである。

(五)  被告は右衝突后一〇米余もスリツプして停車した程の急スピードの儘進行したこと、横断中の被害者を認め乍ら減速又は徐行しなかつたこと、更に自車を進行方向の右側にハンドルを切つて道路右側端に於て衝突している等の諸点から被告に運転上の重大な過失があつたことは明白であり、被告の不法行為であることは明らかである。

(六)  此の事故の為め原告房雄は重要な労力を失い農業の経営にも困難を生ずるばかりでなく妻の収入を失い生計にも重大な脅威を受けるのみならず、中年にして女手を失い家事万端不自由を来たし、又不具廃疾の長男と妹の不自由な生活は視るに忍びなく、現在及び将来の生活設計が立たず、一家は極度の不安と不幸に暮れている実状である。

(七)  之に対して被告は被害者入院中一日間附添看護をしたのみで見舞金も無く、葬儀の際五、〇〇〇円の香奠を受領したに過ぎず其后原告側からの示談交渉も一蹴され更に富岡簡易裁判所に申立てた民事調停にも何等解決の誠意を示さず不調となつた。

(八)  被害者信子は前叙の通り生来至極強健であり著患なく死亡当時三八才の働き盛りであり、今后平均余命は三四年間あり本人の月平均の収入は一四、四六〇円ある処生活費月額四、〇〇〇円を差引いて月額一〇、〇〇〇円を超える程であり年平均一二〇、〇〇〇円であるので之をホフマン式計算によると得べかりし利益喪失の損害額は二、三四六、四四七円である。之を相続した原告房雄は三分の一の七八二、一四九円、原告守、孝及びみき子は各九分の二宛で各々五二一、四三二円の債権を有する。尚慰謝料は右原告四名共尠くとも各二〇万円宛が相当であり、原告美代子も亦不具の体で唯一の頼り手を失い精神的肉体的苦痛を慰謝する為め金二〇万円の慰謝料を相当とする。

尚原告房雄は其他被害者の入院費二九、三五〇円、車代一五、八四〇円、葬儀費用六六、九五二円の損害を蒙つた。

以上により

(1)  原告房雄は

得べかりし利益喪失の損害金 七八二、一四九円

慰謝料 二〇〇、〇〇〇円

其他の損害(前記)計 一、〇九四、二九一円

(2)  原告守、同孝、同みき子の三名は

得べかりし利益喪失の損害金各人 五二一、四三二円宛

慰藉料 各人 二〇〇、〇〇〇円宛

(3)  原告美代子は

慰藉料 二〇〇、〇〇〇円

を訴状送達の翌日である昭和四〇年一二月一五日から完済迄何れも年五分の割合の金員を付して支払を求めるものである。

三  請求原因に対する答弁

請求原因(一)、(二)の事実は不知。

同(三)の事実中、横断中第二種原動機付自転車に衝突された点は否認し、爾余の点は認める。

同(四)の事実中、被告が事故当時原動機付自転車の後部荷台に木箱ダンボール箱数個を積んで事故現場を進行したことは認めるが、爾余の点は否認する。

同(五)、(七)の事実は否認する。

同(六)、(八)の事実は不知。

被告は無過失を主張するが、事故の現場において被告の過失が疑われたので、被害者を二日二晩不寝の付添看病をし、葬式当日には花輪一基、香典五、〇〇〇円を提供し、親族共六名にて会葬した。調停が不調となつたのは被告が無過失を主張しているからである。

四  証拠〔略〕

理由

一  本件事故の模様と被告の過失

鈴木信子が昭和三九年一二月一日午前六時三〇分頃働き先の双葉郡双葉町所在田中建設株式会社の工事現場に赴くため自転車で双葉町新山字下条一一七番地先の国道六号線十字路にさしかかり、同所において、コンクリート舗装の道路に自転車諸共に転倒し、頭蓋底骨折脳内出血を起し附近半谷病院で応急手当を受け、さらに内郷市共立病院に入院手当を加えたが、翌二日午後一〇時頃意識不明のまゝ死亡するに至つたことは当事者間に争いがない。〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認めることができる。

即ち、被告は第二種原動機付自転車(以下これを単にバイクという)の後部荷台に干魚在中の木箱四個及びダンボール箱二個(重量合計約六六キロ)を積載して、これに乗車運転して時速約三七粁で六号国道を北から南に向けて進行し本件現場にさしかかつたのである。本件現場は交通整理の行われていない略十字型の交差点であるが、被告はこの交差点を通過して南方面に行くべくこの交差点にさしかかつたところ、折柄自転車に乗つた信子が、同交差点に向つて、東側道路から進入して来るのを発見した。このような場合被告としては、信子が被告の進行に気づいていないような様子であつたから警笛を吹鳴して警告を与え、同女の動静を注視して徐行し、交差点においてあり勝ちな接触事故を未然に防止すべき注意義務があるのに拘らず、これらの措置を怠り、信子が何らの合図もしないのに、同女が同交差点を右折して国道を南進するものと考え、その右側を追い抜きできるものと軽信して、ハンドルを稍々右に切つただけで同一速度のまゝ進行したため、至近距離に近づいてはじめて信子が予期に反して同交差点を西側に通ずる小路に向つて横断しようとしていることに気づき、急拠ハンドルをさらに右に切つて接触を避けようとしたが、及ばず、バイクの前叙後部荷台の木箱を信子の自転車前輪右側に接触させ、その衝撃によつて同女は同所に転倒し、転倒の際頭部を路面に打ちつけたため、同女は前叙傷害を負い死亡するに至つた。

以上の事実を認めることができ、右認定に反する〔証拠略〕は前顕証拠に比して信用し難く、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

もつとも〔証拠略〕によれば、信子も交差点横断に際し、国道の北側及び南側を見て安全を確認したうえ横断をすべきであるのに、かかる注意を怠り、国道の安全を確認しないで慢然と横断を始めたため本件事故に遭つたものと認めることができ、このことも本件事故の原因の一つに数えるべきものである。然しながらこの信子の過失は後記のとおり過失相殺において斟酌すれば足りるものであり、従つて被告は民法七〇九条の規定に基づき本件事故によつて生じた損害を賠償する責に任じなければならない。

二  損害

(一)  〔証拠略〕を綜合すると次の事実を認めることができる。即ち

(1)  原告房雄は昭和一九年頃から信子(大正一五年七月一七日生)と婚姻生活に入り、間もなく昭和二〇年六月一三日婚姻届を了し、爾来夫婦として本件事故に至るまで健康にして円満な家庭を営んで来たものであり、その間二男守(昭和二三年六月九日生)、三男孝(昭和二五年五月八日生)、及び二女みき子(昭和二九年七月二日生)の二男一女を挙げたものである。右の家族のほか原告の妹美代子(当三九才位)も同一世帯で生活しているが、同女は少女時代患つた脊髄、両股関節カリエスの後遺症として顕著な跛行が見られ、歩行が困難で二等級の身体障害者であり、原告房雄及び信子の保護を受けて生活をして来た状態である。

原告房雄方は田約二反八畝、畑約六反歩を持ち、主として農業を営むものであり、信子は所謂農家の主婦として、主として家事に従事する傍ら農作業にも従事し来つたものである。然しながら前叙のように家族が多いため信子は夫房雄と同様農閑期には通勤して他に人夫仕事に出ていたところ、その収入は毎年平均して一日最低四五〇円一八〇日分計金八一、〇〇〇円を下らないものであつた。

(2)  信子が本件事故によつて負傷し、前叙のように直ちに事故現場附近の半谷医院に入院し、次いで前叙共立病院に転院し同所で死亡するまでの間治療を受けたため、原告房雄は右治療費及びこれに直接伴う諸経費としてその頃合計金二九、三五〇円を下らない支払をした。

(3)  右のほか原告房雄はその頃信子の看病等のため自動車代として金一五、八四〇円を費消した。

(4)  原告は、信子が前叙のように死亡したためその葬式を行なつたが、葬儀のための準備費用、服装費、事務費、飲食及びその準備をするための道具購入等として合計金三八、二五八円を費した。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右する証拠はない。

原告房雄は信子の葬儀費用として金六六、九五二円を費したと主張するが、これを認めるに足りる的確な証拠はなく右(4)に述べた限度において認め得るに過ぎない。

(二)  そうして信子が本件死亡時において、なお三四年を下らない平均余命を有していたこと(この平均余命は厚生統計協会作成の第一一回生命表により明らかであり、原告主張の範囲内にとどめる)に徴すれば、信子は本件事故死に遭わなければ六〇才に達するまでなお二二年間前叙(1)のような人夫仕事がなし得たものと認められ(原告等訴訟代理人は、前叙平均余命を全うするまで働き得ると主張するが、前叙の程度の農家の主婦が家事や農作業の傍らなし得る人夫仕事は満六〇才に達するまでが最大限度であると認めるのが相当である)、そうだとすれば、信子は満六〇才に達するまでの二二年間毎年金八一、〇〇〇円の純収入を得べかりしものと謂うべく、その全利益から年五分の割合による中間利息をホフマン式計算法により計算してその現在価を求めると金一、一八〇、九八五円(円未満四捨五入)となることが明らかである。

原告等訴訟代理人は、信子の死亡当時の純収入は月平均金一二、〇〇〇円であると主張するが、右主張を認めるに足りる的確な証拠がなく、また家庭の主婦は家事に従事することによつて現実に金銭的利益を取得するものではないから、家事労働を金銭に見積つて、得べかりし利益を喪失した損害算定の基礎とすることは相当でなく、信子が農家の主婦として農作業に従事することにより幾干の収入を挙げ得るかは〔証拠略〕によつてもこれを認めるに足りず、他にこの点に関する的確な証拠もなく、結局信子の死亡当時の純収入は前認定の限度において認め得るに過ぎない。

以上によれば、信子は本件事故死により金一、一八〇、九八五円の損害を蒙つたこととなるが、同女にもまた前認定のとおりの過失があるから、これを斟酌して、被告の賠償すべき金額は右のうち金九〇万円をもつて相当と認める。

そうして原告房雄、同守、同孝及び同みき子は信子と前認定のとおりの身分関係にあるから他に特段の事情の認められない以上信子の死亡により右金九〇万円の損害賠償請求権をその相続分に応じて相続したものと認められ、従つて原告房雄は金三〇万円、原告守、同孝及び同みき子は各金二〇万円宛の請求権を相続により取得したこととなる。

(三)  原告房雄は妻信子の本件事故死によつて前叙(2)、(3)、(4)認定の費用合計金八三、四四八円を要したのであるから、この金員は本件事故を原因として原告房雄の蒙つた損害である。

してみると被告はこれを賠償すべく、前叙信子の過失を斟酌すると結局被告の賠償すべき金員は右のうち金六万円をもつて相当とする。

(四)  原告房雄は信子の夫として、原告守、同孝及び同みき子はいずれも信子の子として、信子の本件事故死によつて甚大な精神的苦痛を蒙つたことは前叙事実関係に照してこれを認めるに容易であり、前叙信子の過失を斟酌すれば、原告房雄、同守、同孝及び同みき子の慰藉料は各金二〇万円を下らない額をもつて相当と認める。

(五)  原告美代子は前叙認定のとおり信子とは三親等の姻族であるから、民法七一一条に列挙する者に該らないが、前叙のとおり事実上原告房雄及びその妻信子から扶養されて生活をして来た者であるから、信子の死亡によつて格別の精神的苦痛を受けたことはこれを認めるに難くなく、そうだとすれば、原告美代子についても慰藉料請求権を有するものとするのが相当と考える。そうして前叙信子の過失を斟酌し、且つ身分関係にも照してその額は金一〇万円をもつて相当と認める。

三  結論

以上によれば、被告は原告房雄に対して金五六万円、原告守、同孝及び同みき子に対して各金四〇万円宛、原告美代子に対して金一〇万円並びにこれらに対する損害の発生後である昭和四〇年一二月一五日から支払ずみまで民事法定年五分の割合による遅延損害金の支払いを為すべく、原告等の本訴請求は右の限度において正当として認容し、これを超える部分は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民訴法九二条九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺宏)

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